プロフィール

佳子さん

手相数秘術鑑定士・ヒーラー・スタイリスト
喜多川恵凛(きたがわえりん)

 

誕生数 8-4-9
左手変形マスカケ線
てんびん座 A型

千葉県千葉市出身

年子三人のまん中っ子(兄、妹)

夫、息子、娘の4人家族

現在は父の仕事を引き継ぎ、
二代目経営者として学ぶ傍ら、
オフィス喜多川を立ち上げ活動中。

 

はじめまして。
喜多川恵凛です。

ここから私のことをお伝えします。

少し、長いのですが、
よろしければお付き合いください。

 

小学生時代は「明朗活発」
通知表には必ず、この一文が記されるような
元気いっぱい、運動大好き!の女の子でした。

人数の少ない、小規模校ではありましたが、
運動会では毎年リレーの選手、
児童会役員などもこなし、

思ったことはハキハキと伝え、
役割や長がつく仕事も前向きにこなす、

自分でいうのもなんですが…
それなりに存在感がある子だったと思います。

小学校3年生のときにバレーボールと運命の出会い。

負けん気の強さ、性格も相まって、
そのおもしろさにぐいぐいとのめり込んでいきます。

県内有数の強豪チーム。
キャプテン、エースアタッカー。

勝ちたい!強くなりたい!
一番になりたい!

まさに、17日生まれ、8番のエネルギーを
いかんなく発揮していました。

また父の教え
「やるからには1番になれ。」という言葉、思いに、
無意識に応えたい、父に認められたい、という
その思いがあったことも、大人になって気づきました。

6年生の頃の夢、目標は
「千葉県で優勝、全国大会」でしたが、
結果は3位、関東大会どまり、でした。

その夢は中学でも引き続き持ち続けていましたが、
中学校では県大会ベスト8どまり。

中学三年生の時、県選抜に選ばれ、
千葉県代表として全国都道府県選抜大会へ。

夢の全国大会出場、のはずでしたが、
人生初の挫折、レギュラーになれず。

今までお山の大将でやってきた私にとって
ベンチで応援、はたまらなく悔しく、つまらないものでした。

高校では活躍するぞ、
全国大会に出場するぞ、と期待に胸を躍らせて入学したものの、

高1の冬、二度目の挫折。

これは自分の幼さ、未熟さからくる、
ちっぽけなプライドをポキンと折られたことからでした。

先生は先を見通して、
今ここで成長をさせるためにも、との指導でしたが、
今までずっと、レギュラー、キャプテン、チームの中心できた私にとって、
それは今までに味わったことのない経験でした。

もうなにをどうしていいのか、
気持ちも身体も追いついていかず…。

もうバレーボールはやめる、とストライキを起こし、
顧問の先生、チームメイト、親を巻き込み、数か月の騒動に。

その後、復活をして、
インターハイ出場の夢、目標を叶えますが、

みんなに迷惑をかけた、という罪悪感と、
精神的に追い込まれた経験から、

自分はだめな人、
自分は嫌われている人、
自分はわがままで嫌な人、
自分は迷惑をかける人、
自分は人の気持ちがわからない人等…

自信も信頼も失ったことにより、
自己否定感が強まっていった時期でもありました。

大好きだったバレーボールに対しても、
選手としてのレベル、先が見えたこともあり、

教える、指導する、という方向へ
気持ちが向き始めていきました。

実際、高校時代から、テスト休みになると
小学校や中学校、母校のチームへと顔をだし、
年の離れた後輩たちと一緒に練習をしていました。

バレーボールをやめたい、と気落ちしている時も
中学校の先生が励まし、支えてくれたこともあり、

高校引退後は、母校の中学校へ顔をだし、
後輩達へバレーボールを教え始めます。

もともと小さい子の面倒を見るのが好きだったこともあり、
ここに自分の居場所があるようにも感じられました。

教えてほしい、と求められること。
それに応えること。

どのように教えたら、伝えたら、みんなが上手になるか、
技術が上達し、身に着くか、指導法を考えること。

これらの経験を通して、
「教える」「伝える」その楽しさと奥深さを学びました。

短大もバレーボール推薦で入学しましたが、
高校で気持ちが一区切りついていたこと、

また集まったメンバーの実力に比べ、
自分が劣っていたことも十分に感じ、

短大では「裏方に徹する」という立場で、
自分の役割を見出しながら、

母校の中学校にまめに顔をだし、
コーチとして中学生に帯同するようになります。

短大2年生の初夏、無事に就職も決まりましたが、
そこから卒業までの間に、
「教員になってバレーボールを教えたい。」という情熱、
熱意がふつふつと湧き上がってきます。

中学校の先生方の応援、後押しもあり、
通信教育にて、中学校教員免許を取得することを決意。

某コピー機販売会社、営業として就職すると同時に、
近畿にある短期大学、通信教育学部に入学。

社会人と学生、二足のわらじを開始しますが
この選択に際して父と大ゲンカ。

「お前みたいなやつが教師になれるわけがない。」という
父の言葉に、絶対になってやるぞ!と決意を新たに。

その後、大学のスクーリングの時期と
会社の決算の時期が重なることがわかり、退社。

平日昼間はアルバイトをし、
平日夕方、土日は中学校へ、外部指導員として部活動参加。

その間、3年をかけて単位を取得し、無事に卒業。

教員採用試験を受け、合格。
念願の教員、部活をがんばるぞ、と思いきや、
採用先はまさかの小学校でした。

3年経ったら戻ってくればいい、との周囲の声。
自分もそのつもりで行きましたが、

素晴らしい先生方との出会いもあり、
研究校でもあった理科教育にのめり込んでいきます。

バレーボールを教える、強いチームを作る、という夢は、
子どもたちに理科の素晴らしさを伝える、という形に変わっていきました。

バレーボールが理科に変わりましたが、
ここでも「教え方」「伝え方」を学び深めることになります。

どのような投げかけをしたら、子どもたちの思考が深まるか、
恩師の背中を追いかけながら、授業の質を磨いていた時期でした。

その後、結婚、出産を機に、
長期の育児休暇に入ります。

この時間が今まで仕事第一であった生き方を見つめ直すことになります。
より自分らしく、後悔のない生き方をしようと決心。

またこの時期に、はづき虹映氏の『誕生日占い』に出会います。

自分の中にある、自分の嫌なところ。
自己否定の部分に対して、どうしたらいいのかわからず、

もてあましていた自分の気質、性格を
誕生日から、数字から、スパッと言い当てられた衝撃。

この衝撃が忘れられずに、
『誕生数秘学』の扉を開きます。

自分自身と向き合うこと。
自己否定をしてきた自分を少しずつ、肯定していくこと。

親になり、子育てをする中で、
子どもの姿に寄り添いながら、同時に自分自身を数字から癒していくことで
救われていくことがたくさんありました。

その後も、手相、レイキ、スタイリング…とひとつひとつ、
目の前に開かれていくものと向き合っていく中で、

少しずつ過去の痛みや悲しみが癒され、
自分らしくあること、自分らしく生きることに
信頼を深めていくことができました。

これらの経験をする中でも、
数秘術を伝えることや手相やレイキを教えること、
そのような機会に恵まれていきます。

バレーボール、理科、数秘術、手相、レイキ、ファッションロジック…。

その時々、目の前にあるものは変わりながらも、
教え、伝える、ということが、いつも私のそばにありました。

私は人が成長をしていく、変容を遂げていく、
その姿に触れること、寄り添うことが何よりも好きなのです。

こうした道のりから『教え、伝える』ということは、
自分にとって天職であることを感じるようになりました。

そしてその天職をいかんなく発揮すべく、
2012年3月より手相数秘術鑑定士・レイキヒーラーとして活動を開始する運びに。

鑑定士として人前に立つことを考え、
ファッションロジックの創始者、土居コウタロウ氏にスタイリングを依頼。

自分に似合う服、自分の魅力が引き出される服、
服の力を得てなりたい自分を叶えることができる、
その世界の素晴らしさ、喜びを学びます。

また鑑定をしていく中で、内面の変化変容を促す際に、
外見力を上げていくことで大きな効果が得られることも実感。

この経験から、2015年3月よりスタイリングをメニューに追加。
2017年1月現在、鑑定、スタイリング、セミナー受講者は約500名を超えるまでになりました。

手相数秘術、ファッションロジック、レイキ。

この3つのアイテムに出会い、
私は、私らしく生きていくこと、

自己否定をしていた自分から、
自分を愛し、人生を信頼して生きること、

その世界で生きる喜びと素晴らしさ、
その幸せを手にすることができました。

そしてそれは今も、これからも、
まだまだよりよく開かれていくものだと信頼をしています。

そして今の夢、目標は、
出版をすること、作家になること、です。

教え、伝える、という天職を本という形にして表現していきたい。

今はそのように思っています。

『誰もがみな、それぞれの才能や魅力を発揮して、
人生を心豊かに生きること』をモットーに、

内面と外見を整えていくことで、
自分らしく生きる心地よさを手にすることができる、

自己肯定感を高め、
人生に信頼を深めていくことができる、

その世界をこれからも伝えていきます。

毎日をちょっぴりハッピーに生きることができたら、
それは人生の幸せ、豊かさ、喜びに繋がっていく。

そのような願い、思いから、
『ココロちょぴハピプロジェクト』をのんびりマイペースに実行しております。